大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)374号 判決

控訴人 中村六郎

被控訴人 芳野明徳

主文

原判決中控訴人関係部分を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し二四一、四八八円及びこれに対する昭和三六年四月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審ともこれを三分して、その二を控訴人の、その一を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人関係部分につき、控訴人勝訴の部分を除くその余を取消す。被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人は「控訴棄却」の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において

一、控訴人は昭和三五年一〇月二四日福岡県筑豊町元吉栄町所在の訴外小江文造から同人所有の本件馬を購入し、訴外田中善四郎を通じて取下前の控訴人吉村昭義に、前記小江文造方より控訴人の肩書住居まで三〇〇円(着払)で本件馬の運送方を委託した。

右の運送委託契約は民法上の請負契約と解すべきである。何となれば控訴人と前記吉村昭義との間には何等指揮監督権は無く、右吉村は全く自由裁量によつて本件馬の運送を執行すべき場合であつた。従つて本件運送委託契約につき控訴人に民法第七一五条の責任を負わしめた原判決は法令適用の誤りがある。

二、仮に控訴人と前記吉村昭義との間に民法第七一五条所定の使用者責任が認められるとしても控訴人は被用者たる右吉村の選任及びその事業の監督につき相当の注意をなしたるものであるから控訴人に本件損害賠償の義務はない。

三、損害額の点を否認する。

(イ)  被控訴人は治療費として筑豊労災病院に九四〇三七円を支払つた旨主張するけれども、右治療費は被控訴人所属の公立学校共済組合福岡支部より支払われ、被控訴人の出捐にかゝるものではない。

(ロ)  被控訴人主張のその余の財産上の損害はすべて本件事故と相当の因果関係がない。

四、本件事故の発生に際しては被控訴人の重大な過失が誘因となつている。即ち被控訴人はその使用せる単車に消音装置を施さず、人通りの少い本件事故現場に於て徒にアクセルを踏み高音を発した結果本件馬を驚かせ本件事故を発生せしめた。従つて右被控訴人の過失は斟酌さるべきである。

五、被控訴人は昭和三六年七月一〇日控訴人の妻に対し、控訴人の本件損害賠償債務を免除する旨の意思表示をした。

六、被控訴人は本件の主債務者たる前記吉村昭義と本件につき一五万円で和解契約をした。然らば右に附従する控訴人の損害賠償債務は消滅したものである。

と述べ、立証〈省略〉と述べたほか原判決の事実摘示と同一であるからこゝにこれを引用する。

理由

当裁判所は原判決と同じ理由で、

一、被控訴人は福岡県嘉穂郡桂川町桂川中学校に教員として奉職中のものであるが、昭和三五年一〇月二四日午前八時三〇分頃自己所有の単車に妻を同乗させて同郡筑穂町山口方面から飯塚市方面に通ずる県道を飯塚市方面に向けて進行中前方に訴外吉村昭義の引く裸馬が暴れているのを認めたため難を避けて同町元吉五三八番地藤田昇方のコンクリート造り塀際に右の単車を停車させていた際右裸馬に右後側腹部を後脚で蹴られて被控訴人主張の傷害を受け、その主張のとおり筑豊労災病院及び諫山病院で各治療を受けたこと、而して被控訴人の右傷害は原判決に認定する如き前記吉村昭義の過失に基くこと。

二、控訴人は牛馬の仲買商を営むものであるが、たまたま訴外山本右衛門から馬の買付方を依頼されていたので昭和三五年一〇月二四日午前八時頃訴外田中善四郎の紹介により訴外小江文造から同人所有の本件馬を六万円で買受けて右代金を支払い後該馬引をやるから引渡してもらいたい旨を告げて同人宅を去り田中善四郎宅に引き返して来たところ、前記吉村昭義が来合せていたので、右田中善四郎を通じ吉村に対し本件馬を筑穂町の前記小江文造方から飯塚市の控訴人宅まで三百円で運送してもらいたい旨の依頼をしたところ、吉村において承諾し、間もなく吉村において右小江方で本件馬を引取り控訴人方に運送中前記事故を発生せしめたこと。

三、本件事故の発生に関して被控訴人側には斟酌すべき過失はないこと、

以上の各事実を認めるので原判決中当該説示の理由をこゝに引用する。右の認定に反する当審証人吉村昭義の証言は採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証左はない。

そこで控訴人の損害賠償責任について検討するのに、前認定の如く控訴人は昭和三五年一〇月二四日午前八時頃訴外小江文造から本件馬を買受けてその所有権を取得したのであるから右の後前記の如く吉村昭義が本件馬を引取るに至るまでの間控訴人はいわゆる占有改定の方法により本件馬の占有者となつたと解すべく、なお右吉村が本件馬を引取つた後は現実の引渡を受けた占有者となつたと解すべきことはもとよりである。ところで控訴人は控訴人と右吉村方の前記運送契約を以て請負契約であるから控訴人に責任はないと主張するので審案するのに前記の如き運送契約が民法上の請負契約であるか否かはさておき、右の如き運送契約が締結されたとしても控訴人がこれによつて本件馬の占有権を喪失するいわれはなく、爾後吉村は占有者たる控訴人に代つて本件馬を保管するものに該当すると解すべきことは当然である。而して本件事故は右吉村の過失によつて発生したことは前説示のとおりであるから控訴人は民法第七一八条第一項の規定により本件損害賠償の義務を免れず、従つて控訴人の前記主張は失当で採用することはできない。なお前記吉村も亦同法第七一八条第二項所定の責任を免れず、控訴人と吉村の右各責任はいわゆる不真正連帯債務にあたると解するのが相当である。

そこで次に損害の額について判断するのに、以下に補充訂正するほかは原判決中当該説示と同一であるからこゝにこれを引用する。

(1)  成立に争のない乙第五乃至第八号証及び当審における被控訴本人尋問の結果によれば被控訴人は本件事故により筑豊労災病院に入院したところ、その治療費は総額九四、〇三七円であつたが、内九三、〇〇七円は被控訴人の所属する公立学校共済組合福岡支部より支払われ、残額一、〇三〇円のみが被控訴人の出捐であつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(2)  被控訴人は本件事故当時所有していた単車は被控訴人の本件傷害により使用できなかつたため、新たにスクーターを一三万円で購入するに至つたがその差額六七、〇〇〇円の支払を求めると主張するけれども、右スクーターの購入と本件傷害の間に相当の因果関係が無いことは当然であるから被控訴人のこの点に関する主張は失当である。

(3)  被控訴人は同人の妻が被控訴人の看護のため一週間その勤務を欠勤しために二、一七〇円の損失を被つたと主張するが右は同人の妻の被つた損害と解すべく、被控訴人にその損害賠償請求権無きことはもとよりである。

してみれば被控訴人は本件傷害により(イ)治療費一、〇三〇円、(ロ)食欲増進体力回復のため食事嗜好品代及び見舞客に対する接待費として一六、五七八円(ハ)回復促進のため栄養剤購入費として二、五五〇円(ニ)前記病院から家族との連絡のため使用したタクシー代二、三三〇円(ホ)嘉穂東高校定時制講師分として得べかりし四九、〇〇〇円(ヘ)慰藉料三〇万円以上合計三七一、四八八円の損害を被つたことを肯認するに十分である。

なお控訴人は被控訴人の右債務につき免除の意思を表示したと主張するけれども右主張に沿う証拠はなく、成立に争のない乙第一乃至第三号証の各一、二当審証人中村テイ子の証言を以てしては未だ控訴人の右主張を肯認せしめるに足りない。

ところで当審証人吉村昭義の証言及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は右吉村との間に本件事故につき一五万円で和解成立し内金一三万円の支払を受けたことが認められるところ、先に説示した如く、本件事故に対する控訴人と右吉村の賠償責任はいわゆる不真正連帯債務であるから、控訴人は被控訴人に対し先に認定した三七一、四八八円より一三万円を控除した残額二四一、四八八円の支払義務がある。なおこの点に関し右吉村を主債務者と仮定し主債務者との間に和解成立した以上従たる債務者である控訴人に損害賠償義務無しとする控訴人の主張は既にその前提において失当であるから採用しない。

してみれば控訴人は被控訴人に対し二四一、四八八円及びこれに対する不法行為の後である昭和三六年四月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金支払の義務がある。よつて被控訴人の本訴請求は右の限度において正当でありその余の請求は理由がないものとして棄却すべきである。

そこで右と一部結論を異にする原判決はこれを変更すべく訴訟費用につき民事訴訟法第九二条第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高次三吉 木本楢雄 松田冨士也)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例